鵜飼いとは?伝統漁法の歴史としくみ
2026.7.25
目次
夏の夜、篝火(かがりび)に照らされた川面を、鵜(う)という鳥が泳ぎ回り鮎を捕る。そんな光景が「鵜飼い」です。
実は、古事記や日本書紀にも記述が残るこの漁法は、1300年以上もの歴史を持ちながら、今も夏の風物詩として全国各地で受け継がれています。
鵜飼いとは何か?基本のしくみ
鵜飼いとは、「鵜(う)」という鳥を使って川魚(主にアユ)を獲る伝統的な漁法です。鵜を操る漁師を「鵜匠(うしょう)」と呼び、一艘の船に鵜匠・艫乗り(とものり)・中乗り(なかのり)の3人が乗り込んで漁を行います。
鵜匠(うしょう):鵜を操る漁の中心人物。手縄を巧みに操り、複数の鵜を同時にコントロールする。
艫乗り(とものり):船の後方で棹(さお)を操って船を操縦する役割。川の流れを読む技術が必要。
中乗り(なかのり):船の中央で篝火を管理し、捕らえた魚を受け取る役割を担う。

鵜はどうやってアユを捕るの?
鵜飼いの最大のポイントは、鵜の首に「首結い(くびゆい)」と呼ばれる麻縄を緩やかに巻くことです。これによって大きなアユだけが食道に止まり、小さな魚は飲み込めるよう絶妙に調整されています。
鵜は野生のウミウを捕獲して、約2年かけて飼い慣らします。長良川の鵜匠は現在6名、小瀬(関市)の鵜匠は3名の計9名のみが「宮内庁式部職鵜匠」に任命されています(岐阜市鵜飼観覧船事務所公式サイトより)。鵜匠家に生まれた男性のみが就ける世襲制で、1家に1人です。鵜匠は鵜と家族同様に暮らし、引退後の鵜も鵜匠の家で大切に養われます。「縄につながれてかわいそう」という声もありますが、鵜匠と鵜の間には長年の信頼と絆があるんだそうです。
引用:長良川の鵜飼漁の技術

鵜飼いの歴史はいつから?
鵜飼いの歴史は非常に古く、日本最古の歴史書にもその記録が残っています。
5世紀ころ:埴輪に鵜飼いの姿があった?
群馬県の保渡田八幡塚古墳から、鵜飼いの様子を表した埴輪が出土しています。少なくとも古墳時代には鵜飼いが行われていたと考えられています。発祥は稲作とともに中国大陸から伝わったという説が有力ですが、日本と中国で独自に発生したという説もあります。
7〜8世紀:古事記・日本書紀・隋書 日本最古の文献に登場
7世紀初めに中国で成立した『隋書』には、日本に来た使いが見た鵜飼いの記録が残されています。また8世紀に日本で成立した『古事記』『日本書紀』にも鵜飼いに関する記述が見られ、702年(大宝2年)の美濃国(現・岐阜県)の文献が最古の史料のひとつとされています。

まとめ
鵜飼といえば岐阜県や愛知県が有名ですが、実は山梨も夏に見れるんです。都心から2時間くらいでこれるので、是非見に来てみてください。
実は古墳時代から行われてきたといわれる鵜飼の漁、歴史を感じますね。















