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国内外の人々を惹き付けるのはなぜ?水を使わない庭園「枯山水」の魅力

目次

砂や石組みだけで構成された日本庭園を、「枯山水(かれさんすい)」と呼びます。国内外の観光客はもちろんのこと、スティーブジョブズといった著名人も足しげく通ったといわれているほど、その魅力は多くの人を惹き付けてきました。枯山水の最大の特徴は、水を使わないこと。

いったい枯山水とは何か、なぜ水を使わないのか、なぜ今も人々を魅了し続けているのか、その秘密を紐解いていきます。

枯山水とは

龍安寺
画像提供元:Unsplash

枯山水とは、滝や池、ししおどしなどを用いずに、砂や石で水の存在を表すことによって、自然の風景を描き出した、日本の代表的な庭園の様式のひとつ。一般的には、石組みで山や滝、動物などの生き物、そして神仏などを表し、その周囲に敷いた砂に幾重にも線を描くことで、水の流れを表現しています。

枯山水は平安時代から存在していましたが、現存する最古の枯山水といわれているのは、1339年(室町時代)に禅僧・夢窓疎石によって作られた西芳寺の上段にある庭園。石組みを使って奥に滝を、そして手前に鯉を形作り、今まさに滝を登って龍へと成長していく物語を表現したといわれています。

シンプルながらも奥深さのある枯山水は、足利義政などの名だたる将軍をも惹き付け、室町時代後期に禅宗の寺院を中心に広がっていきました。枯山水の人気はいまだ衰えることを知らず、寺院だけでなく、宿泊施設や料亭など、さまざまな場で目にすることができます。

そもそも、庭園に水が欠かせないのはなぜ?

池泉回遊庭園
画像提供元:pixabay

庭園がどこにあるかと聞かれれば、ほとんどは寺院の中といった閉ざされた空間です。しかし、仏教において庭園は世界の縮図として捉えられてきました。そして、世界を表現するためには、木々や花々、池や滝といった水など、自然の要素は必要不可欠でした。

平安時代の貴族たちは、庭園の中心の池に舟を浮かべ、そこから季節ごとに移ろいゆく景色を楽しんでいたそうです。修行を積み重ねる僧侶は、作庭を通して世界の在り方を考え、自分自身の観念を模索していたといわれており、仏教の書物に残された物語や教えを基に作られた庭園も多くあります。

現在の日本の寺院は、仏教の場、修行の場としての色は褪せてきているかもしれません。しかし、時が経っても庭園の水が持つ役割は、あまり変わってないのではないでしょうか。

冬の凛とした空気の中で、ししおどしが音を響かせ、夏は、滝や小川の流れる音が来る人に涼を与えてくれます。近くの川から鳥たちが遊びにくるなど、今も庭園は移ろいゆく自然を映し出す場所であり、世界の縮図であり、そして人間の精神に通ずるものがあるのかもしれませんね。

枯山水で水を使わない理由は?


水は日本庭園を構成する大切な要素であるにも関わらず、水を使わない枯山水が一般的な庭園様式のひとつとなるほど広がったのはなぜでしょうか?そこには2つの理由があります。

①禅宗との関わりの深さ

圓光寺
撮影:あんな

枯山水といえば「禅の庭」と捉える人もいるほど、禅の思想を強く反映しています。もともと仏教では、水は清浄を意味し、日本庭園では浄土や結界を表すために使われてきました。しかし禅宗では、白砂が清浄を意味します。そのため、禅宗の広がりと共に、白砂を敷き詰めた庭園がよく見られるようになったのです。

また、枯山水は修行の場としても使われてきました。禅の特徴は自らと向き合い続けること。外側からの刺激に惑わされず、目に見えないものを見て、決してどこかで満足して終えることはなく、常に自らを見つめなおしていきます。

白砂と石組みをつかって景色や物語を表した枯山水は、余白と静寂に満ちており、見る人の想像力と感性を試します。その景色は、自分の精神と向き合い続ける禅の思想と結びつくものがあり、禅宗の寺院を中心に広がっていきました。

枯山水がある寺院はすべて禅宗ではありませんが、現在石庭や白砂の庭園でよく知られている龍安寺、天龍寺、そして銀閣寺も臨済宗のお寺が多いですね。

②時代の背景

枯山水
撮影:あんな

室町時代に入ると、応仁の乱によって京都は戦火に焼かれます。裕福な貴族は没落し、中央に池を持つ大規模な池泉回遊式庭園を作るのは困難となりました。

その反面、枯山水は広大な土地を必要とすることもなければ、水をひいてくる必要もありません。限られた土地と資源で作ることができる枯山水は、武士や庶民を中心に広がっていきました。足利義政が銀閣寺を建設し、その庭園に白砂を積み上げて銀沙灘を作ったのも、応仁の乱の約5年後です。

また、応仁の乱がはじまる少し前、鎌倉時代に禅宗にとって優位な状況ができあがっていたのも、枯山水が広がった理由といえるでしょう。当時、禅宗は公家が支持する平安仏教に弾圧されていたのですが、禅宗の思想は自らを鍛錬し続ける武士の志と相性が良く、また幕府も宗教行事を行う場を必要としていました。そういった背景もあり、禅宗は公家の対抗勢力である鎌倉幕府の保護を獲得しました。

水を使わない枯山水ならではの魅力

水を使わず、庭園によっては周囲に木々も花々も少ない枯山水。どこか質素な雰囲気も漂いますが、その侘しさそのものが、国内外問わず多くの人を惹き付けているのではないでしょうか。

水がないために、鯉はもちろんのこと、水鳥が近所から遊びにくることもありません。静寂で、しかし砂浜の波を見ていれば心地よい波が聴こえ、石組みをじっと見つめれば、今にも動き出してきそうな気がするのです。忙しい毎日のあいだに、ふと枯山水を訪れると、自然と心のざわめきが消えてすっきりとしてきます。

また、特に室町時代は絵画的な構図のものが増え、昭和に入ると前衛的な作風も描かれるようになり、時代が進むと共に鑑賞用としての要素も含まれるようになりました。例えば、昭和を代表する作庭家のひとり、重森三玲が作った東福寺の庭園は、石と苔で市松模様を描いています。

東福寺
撮影:あんな

僧侶や武士が、どのような心情で枯山水と生きていたのか想いを馳せるのも良し。

座禅や瞑想の場として自らを鍛錬するのも良し。

ゆっくり眺めて、アート鑑賞のように楽しむのも良し。

あなただけの枯山水の楽しみ方を、見つけてくださいね。

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